円屋根をぼんやり見ることがあります。池袋駅から荻窪行きの丸ノ内線電車に乗り淡路町に向かいます。だいたい、座席で全体やり過ごす事が多いですが。
茗荷谷駅からの地上の風景が鮮やかに私に入って来てくれたことがありました。そんなこんなの経験で、地上の風景について、想いを巡らす機会になっています。
茗荷谷駅を過ぎて、地下鉄車庫に車輌が頭隠して尻隠さず図があらわれます。後楽園を囲む樹々の連なる緑色、ほどなく一瞬ですが東京ドームの銀灰色の円屋根があらわれます。この円屋根は車窓から覗くほんの数秒ではありますが、そのかたちや質に私の眼(まなこ)はぼんやりと投げ飛ばしています。いったい何を見ているのでしょう。
朝霧にけむる北海道南部・二山高原に走る馬群のひづめの跡、モナドを在りかを教えてくれた岩手県の種山ケ原の空、漬け物の蓋に乗っかった石のたたずまい、そして、渡島当別町・修道院の紫陽花の葉に隠れたデンデン虫の背の円屋根が浮かんで消えました。私の中の五感がひらいて生きづいていることを知りました。
画家モディリアーニ(1884~1920)
の描いた100年前の匂い立つような裸婦の絵を、肌の粘りつくような肌理(きめ)を、東京の展覧会場で私は観ました。私はいつどこで観たのか定かではありませんが、昨日のことのように覚えています。彼は35歳で世を去りました。最後のことばは「なつかしいイタリア」というものでした。
彼は人物が石の肌理をうかがうように見えていたと思います。彫刻で感銘を受けたイタリア・ナポリに始まり、そして、フィレンツェの美術アカデミー入学します。さらにヴェネツィアの美術研究所に入学もしています。22歳の時にパリに赴きました。パリに出ても彫刻にこだわっていました。モディリアーニとってはフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィーオーレ聖堂の円蓋(クーポラ)もヴェネツィアの大運河のサルーテ教会の円屋根も空気のように親しかったにちがいありません。そして、パリは何処からも望むことが出来る丘にたつサクレ・クーレ寺院円屋根です。彼の赴くところに円屋根がありました。
円屋根の話から際限なく横路にそれていくばかりです。地球人生は見え隠れする地上の風景の遠近の景の中に、強くあらわれて来る感じがしてなりません。見ることは困ったものですネ。大したものですネ。今一度、私の中で見ることを整理する問題として、しばらくの間ぼうーと受けとめてみたいと考えています。やはり、詰めて進んでみたい「かたちびと」にあいたい心持ちがしています。
佐藤
個展と二人展を開催致します。
ほぼ同時期なのでお近くにお越しの際はお立ち寄り下さい。
個展
あかね画廊
11月30日(月)~12月6日(日)
11:00~18:30(最終日~17:00)
東京都中央区銀座 4-3-14 筑波ビル2F
COLLABORATION 柳田祐希×右近多恵子 (二人展)
ギャラリーGK
11月30(日)~12月5日(土)
12:00~19:00(最終日~16:30)
東京都中央区銀座 6-7-16 第1岩月ビル1F
今回、二人展で御一緒させて頂く右近多恵子さんは灯りを扱うインスタレーションの作家さんで、昨年のスウェーデンでの展示に参加した時に御一緒させて頂きました。
その折にお互いの制作についてお話しする機会があり今回のコラボレーションに繋がりました。
どんな展示になるか未知数ですが、搬入してみるのが楽しみです。
あかね画廊での個展は今回で4回目になります。グループ展とは違い一人で構成する空間は毎回プレッシャーです。
最終日が一日づれていますが、二つの画廊が比較的近い場所にありますので、合わせてご高覧頂ければ幸いです。
柳田
芸術の秋ですね。
巷では海外美術館から借りてきた様々な企画展や
たくさんの美術団体や作家たちの展示が開催され、
私も毎週のように銀座や美術館に通う季節だ。
つい先日も東京都美術館へ足を運んだばかりである。
秋晴れの清々しい日和。
日曜日の上野駅は大勢の家族連れと観光客で
ごった返しているだろうと思い、
根津駅から谷中界隈を散歩しながら美術館へと向かう。
午前中にもかかわらず、展覧会は人集り。
作品を見るにはまず人の頭を見ないとたどり着けない・・・。
この画家の人気が高いことを改めて確認する。
クロード=モネは言わずと知れた印象派の巨匠。
パステルカラーで彩られた風景画のファンは世界中におり、
それは日本人も例外ではない。
しかし、その一見ソフトな風合いの作品ゆえに
一部の人々からはあまり評価されない部分があることも
また事実である。
だが、モネほど「見る」ということに厳しく、
「見えるもの」について探究し
表現しようとした画家はいないだろう。
「モネは眼である。しかし何という眼だろう」
セザンヌが評したその言葉はまさに
画家の制作姿勢を端的に表している。
それが顕著に見てとれたのが、
晩年に白内障を患った時期の作品だ。
眼の病気は画家にとって言わば致命傷とも言えるものである。
それでもモネは描きつづけた。
見えているものを見えているように。
あくまで自分の眼を通して見えたものを
キャンバスに留めようとした。
モネにとって「絵を描くこと」とは、
「見ること」とイコールなのだ。
奇をてらうでもなく、主張を声高に訴えるわけでもなく、
ただ単純な事柄を突き詰めていった先に
生まれてきた作品たち。
振り返って、自分は対象ときちんと向き合っているのだろうか。
しっかりと「見ている」だろうか。
柔らかな色彩の中に、スッと背筋を伸ばさなければいけない
大事なことを見た気がした。
孫崎