一つの時代(孫崎)
先日、ある画廊の50周年を記念する祝賀会に参加してきた。
個人的には昨年、その画廊でグループ展をしたというだけの
50年の歴史から見れば本当に末端でしか関わりを持っていない中で、
図々しくもお邪魔させていただいたという具合である。
銀座で50年と言えば老舗と言ってもいい。
会場には、画廊と関係の深い作家や評論家などが
懐かしい話に花を咲かせ、
会は終始めいめいの歓談で大賑わいだった。
かつて若手作家の登竜門とまで言われた画廊の
50年間の歩みをスライドショーで振り返ると、
この画廊とオーナーが実に多くの作家たちに愛され、
今までお互いに支えあって来たのかが、
とても良く伝わってくる内容だった。
しかし、50周年という華々しいお祝いをしたばかりの画廊も
この3/19をもって閉廊。
また一つ、銀座の画廊が消えてゆくこととなった。
この10年で銀座の街も大きく変わった。
私が学生だった頃は、
昔からの「画廊の街」がまだ少し残っていた。
しかし近年は、どこにでもある同じような大きな商業ビルが
どんどんと新しく建設され、現在もその勢いは増すばかり。
通りには外国人観光客が溢れて、喧騒と人混みで落ち着きがない。
いわゆる老舗と呼ばれ、一時代を築いた有名画廊は
あるところは看板を下ろし、あるところは銀座の街を離れ
ここもあそこもと、見る見るうちに画廊の姿は消えてしまった。
今、画廊というものが転換期を迎えているように思える。
昔は若手作家に画廊が発表の場を提供し応援することで作家を育て、
ひいては美術界そのものも成長させてきた。
しかし、今やインターネットで個人的に世界中へと
作品を発表・発信できる時代。
実物を見ないままネットで作品をやり取りする場面が増えたことに、
否が応でも時代の流れを感じざるを得ない。
ある画廊のオーナーは閉廊するにあたり、
「私が一所懸命やってきたことが理解してもらえなくなった」と挨拶したという。
画廊の存在意義を問い直さなければならなくなったのも、想像に難くない。
かつて文化の発信地として賑わった銀座も
半世紀を迎え、一つの時代の幕が下りたのかもしれない。
孫崎