一期一会の情景(柳田)
東京に雪が積もると高尾山へ行きたくなる。
まだ学生の頃、東京ではかなりの積雪になった翌日、学校へ行こうと中央線に乗ったものの、何となく降りるべき国分寺を通り過ぎ、そのまま高尾まで行ってしまった。
雪景色に誘われてしまった。
雪があっても何とか登れそうな参道の山道に入ると空は快晴なのに、山陰の道は薄暗く人っ子一人いない。雪でキンと冷たい空気は静寂に包まれて、時折木々の枝から雪がドサッと落ちる音に目をやると、落ちた雪の欠片が尾を引くようにキラキラと舞っているのを見た。この空気の中に一人いることがとても尊いことに思えた。
山頂に行くまでに数える程にしか人に出会わず、山頂にも数人の人がいるのみだった。前日の雪とは打って変わって快晴だったその日の日射しに新雪が眩しく、あまりに美しい表面に顔を近づけてみると六角形の雪の結晶を肉眼で発見し、日に照らされてうっすらと蒸気を上げる雪の面が七色に光っていた。
手元にカメラが無かったことをその時は悔やんだが、あの日みた情景を写真に納めることは不可能で、写真に切り取って残さなかったからこそあの空気の感触を今でも鮮明に覚えているのだと思う。
あの日体験した光景が忘れられず、それから何回か雪の翌日の高尾山に行ったことがあるが、あんなに人が居なかったことはその後は無かったし、雪を纏った木々の姿もあの日程神々しい日は無かった。
同じ場所へ行っても出会えない一期一会の景色というものもあるようだ。
柳田